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こんにちは。会員の大倉弥生です。シドニー在住です。個人的なことですが、私の夫はビルマ人で、1988年の民主化運動に加わっていました。そうした立場から、ビルマに関して投稿させて頂きます。
天安門事件の1年前、1988年にビルマで民主主義を求めて人々が立ち上ったことはあまり知られていないのではないかと思います。今回とは違い、メディアによる報道が大変限られていたからです。 当時は主に学生活動家達が運動をリードし、そこに一般市民、僧侶、果ては一部の兵士も加わったそうですが、結局武力で弾圧されました。私の夫は学生活動家の一人であったため、即座にタイ国境へと逃れました。当時は1ヶ月もすれば事態が好転し、また家に戻れるだろうと思っていたらしいですが、結局19年間、国に戻れずにいます。 人々の要求に暴力で応える、19年前とまったく同じ状況に暗澹たる気持ちになります。 1990年、アウンサンスーチーを書記長とする国民民主連盟が圧勝した選挙結果を無視して、軍部が政権を握り続けているわけですが、その軍事政権に対して日本政府は、「経済発展が民主化を促進する」という論理で経済援助を続けてきました。その論理が機能していないことが、今回の事態で明らかになったのではないでしょうか。 以前、ビルマ人の友人たちは「日本のODAはビルマでは銃弾になる。だから、ODAをストップしてくれ」と言っていました。勿論、比喩を込めてのことなのですが、今回、長井さんはその銃弾で殺されたのですから、なんと皮肉なことでしょう。 日本ではどの程度の映像が流されているのかわかりませんが、こちらでは、市民のデモ参加者が蹴られ殴られ、頭から血を流しながら拘束されていく様子、沼に浮かんだ青黒い僧侶の遺体など、暴力のむごさを見せつけられる報道が続いています。 拘束された人たちがどうなっているのか。 そして拘束された人たちだけではありません。その家族たちさえ、どんな目に遭うかわかりません。私の夫の経験から言えば、デモには参加していなかった彼の父親、兄までが何ヶ月も拘束され、拷問されたそうです。 アジア女性資料センターが声明を出されたことを心強く思います。 また、在日ビルマ人たちの中には表立って行動することで入管に拘束されることを怖れ、自由に動けない人たちがたくさんいるはずです。日本に住む皆さんが、在日ビルマ人たち(1988年の武力弾圧から逃れて日本に来た人たちもたくさんいます)の強い味方になってくれることを願っています。 “Please use your liberty to improve ours” (あなたに自由があるなら、私たちの自由のために使ってください) アウンサンスーチー 大倉弥生 |
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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ + Monthly AJWRC ++ メールマガジンfromアジア女性資料センター +++ ++++ URL →http://www.ajwrc.org/ +++++ 第5号 2007年10月 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★:*:☆★:*:☆★:*:☆★:*:☆★:*:☆★:*:☆★:*:☆★:*:☆★:*:☆★: 【今月の一言】 前号で「次は10月半ば」と書いたのですが、早くお知らせしたいことが多くて、 予定を早めました。そのひとつが、若桑みどりさんの急逝です。 ジェンダー美術史で大きな業績を挙げられた若桑さんは、センターの会員で、 ジェンダーフリーバッシングに対抗する運動にも積極的に関わっておられました。 戦争とジェンダーの表象研究に真正面から取り組み、多くの若手研究者も続いて います。 まだ71歳でした。自由な立場に立てたからこそできることを、と言っていらし たのに、本当に残念です。 ほらほらぼやぼやするんじゃないよ、という声が聞こえてきそうです。 心からご冥福を祈ります。 〓〓〓目次〓〓〓 1.[ACTION] ビルマ軍事政権による弾圧、殺害、性暴力を許さない! 2.[NEWS] クメール・ルージュ時代の性犯罪―第2版を刊行 3.[ACTION] 「対話と協力」は口先だけ?拷問禁止委員会フォローアップ申し入れ 4.[NEWS] 北九州監禁殺人事件―DVの影響みとめ、被告に無期懲役 5.[NEWS] 卒中で倒れたマルディエムさんに支援を 6.[EVENT]★セミナー日程が変更になりました!ご確認を★ 今後配信ご不要の方は、お手数ですがこちらまでご連絡ください。 ⇒ajwrc@ajwrc.org ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 1.[ACTION] ビルマ軍事政権による弾圧、殺害、性暴力を許さない! アジア女性資料センターが取り組んできた重要なテーマのひとつが、武力紛争 下の性暴力です。私たちはそのなかで、軍による組織的な性暴力に対して抗議の 声を挙げてきたビルマ少数民族の女性たちに出会ってきました。 僧侶、市民、ジャーナリストの長井健司さんが犠牲になった今回の武力弾圧の 背後に、さらにどれだけ多くの犠牲があるのか、私たちは知りません。 センターでは、真相の解明と責任の追及を求めて、また日本政府による軍事政 権支援に反対して声明を発表し、首相官邸と外務省に送付しました。 在日ビルマ人たちの中には、武力弾圧から逃れて来た人たちもたくさんいます。 自由なビルマのために、日本にいる私たちも行動しましょう。 ◆アジア女性資料センターの声明はこちらから http://www.ajwrc.org/modules/news/article.php?storyid=312 ◆ビルマ軍事政権の少数民族女性たちに対する組織的性暴力に関するレポート 『強かんの許可証(License to Rape)』の日本語版仮訳はこちらから。 http://www.ajwrc.org/doc/LtoR/index.html ◆亡くなられた長井さんへ、センター運営委員の清末愛砂さんの追悼文 http://ajwrc.blog102.fc2.com/blog-entry-11.html ◆ビルマ最新情報はこちら http://www.burmainfo.org/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2.[NEWS] クメール・ルージュ時代の性犯罪―第2版を刊行 1974年から79年1月までカンボジアを支配したポル・ポト政権下で、広範に行 われていた、性暴力・女性に対する暴力。 これまで黙して語られることのなかったその実像を、カンボジアのパンニャサ ストラ大学でジェンダー学を教える中川香須美さんが初めて調査した報告書の第 2版が発行されました。英語版も同時刊行です。 アジア女性資料センターのスタディツアーを通して、戦時性暴力に対する女性 たちの取り組みが、国境を越えてつながりました。 『今、はじめて語られる歴史 ――クメール・ルージュ時代の性犯罪・女性に対する暴力』 中川香須美 著 2007 A5判68ページ ¥500(送料、手数料別) 目次等、詳細はこちら http://www.ajwrc.org/modules/uu_cart/?ucart=main&item=105 英語版 http://www.ajwrc.org/modules/uu_cart/?ucart=main&item=106 ★現在、サイトのショッピングカートが不具合のため使えません。お申し込みは、 アジア女性資料センターまで、メール・FAXで。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 3.[ACTION] 「対話と協力」は口先だけ? 拷問禁止委員会フォローアップ申し入れ報告 日本政府は、国連拷問禁止委員会の最終見解を受け容れて、法律・制度の見直 しを!私たち4団体のよびかけに答えて、26団体・112人もの方が、賛同の署名 をしてくださいました。どうもありがとうございました。 ところが外務省の担当課は、私たちNGOとの面会を拒否。やむなく郵送で提出 しました。ジュネーブにおける審査の冒頭、国連大使の藤崎氏が掲げた「国際社 会との協調」「市民社会との対話」という美しい言葉は、やはり外向けのリップ サービスにすぎなかったのかと、空々しい気持ちがしています。 今後、普遍的定期審査、自由権規約審査、社会権規約審査と、日本に対する重 要な国連人権審査が続きます。日本政府は人権外交をすすめていくとして人権理 事会の理事国に立候補しましたが、一方で国内の人権侵害についていくら是正勧 告を受けても「法的拘束力はない」と聞き流し続けるのは、あまりに誠意を欠く 態度といわざるを得ません。今後もあきらめずに働きかけを行っていきます。 http://www.ajwrc.org/modules/news/article.php?storyid=316 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 4.[NEWS] 北九州監禁殺人事件 DVの影響みとめ、被告に無期懲役 北九州市で家族7人が監禁・殺害された悲惨な事件をご記憶でしょうか。一審 では、松永太、緒方純子被告の2人がともに死刑判決を受けましたが、その背景 には、ドメスティック・バイオレンス(DV)の影響があったことが明らかになり ました。福岡高等裁判所は9月26日、緒方純子被告について、DVの影響のため松 永被告の指示に逆らうことが出来ず、また正常な判断力が低下していたことを認 め、一審判決を破棄、無期懲役としました。 http://www.ajwrc.org/modules/news/article.php?storyid=307 ◆アジア女性資料センターはこの判決を支持し、検察庁に上告断念を求める要請 書を提出しました。 http://www.ajwrc.org/modules/news/article.php?storyid=315 ◆その他のニュース 出産直後の外国人女性を診療拒否 http://www.ajwrc.org/modules/news/article.php?storyid=314 イランの新家族法に懸念の声 http://www.ajwrc.org/modules/news/article.php?storyid=309 トルコ新憲法に女性たちの反対 http://www.ajwrc.org/modules/news/article.php?storyid=317 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 5.[NEWS] 卒中で倒れたマルディエムさんに支援を 13歳で「慰安婦」にされたインドネシアのマルディエムさんは、その辛い経験を、 2000年に開催された「女性国際戦犯法廷」で証言してくださいました。 http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/womens_tribunal_2000/index.html その人生は映画『マルディエム 彼女の人生に起きたこと』(海南友子監督)に もなりました。http://kanatomoko.jp.todoke.net/maru/mal_index.html そのマルディエムさんが卒中で倒れ、現在、リハビリ療養中です。当面の生活支 援のために、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)がカンパを呼びか けています。 ◆詳細はこちら http://www.nindja.com/modules/news4/article.php?storyid=4 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 6.[EVENT]今後のイベント情報 ★日程変更のお知らせ★ 10月13日に予定していた杉本貴代栄さんの講演「ホ−ムヘルパ−の抱えるジェン ダ−課題」が、急遽、11月17日(土)に変更になりました。直前の変更で、予定 を入れていただいた方には、たいへん申し訳ありません。 以下に改めて、今後1ヶ月間の公開イベントスケジュールをおしらせします。 いずれも詳細は、イベントカレンダーをごらんください。 10/12(金)『女たちの21世紀』読者交流会@東京 http://www.ajwrc.org/modules/piCal/index.php?smode=Daily&action=View&event_id=0000001269&caldate=2007-10-5 10/13(土)『女たちの21世紀』読者交流会@名古屋 http://www.ajwrc.org/modules/piCal/index.php?smode=Monthly&action=View&event_id=0000001270&caldate=2007-10-13 10/18(木)スタート!連続ワークショップ「リーダーシップと組織を見直す」 http://www.ajwrc.org/modules/tinycontent0/index.php?id=12 10/19(金)「国連人権システムとリプロダクティブライツ」 http://www.ajwrc.org/modules/tinycontent0/index.php?id=11 11/ 3(土)「暴力と闘うバングラデシュ先住民族女性」 *ジュマネットとの共催。詳細は後ほどホームページに掲載します。 11/ 9(金)「国連人権システムと『慰安婦』問題」 http://www.ajwrc.org/modules/tinycontent0/index.php?id=11 11/16(金)「国連で実現した 同一価値労働同一賃金原則」 http://www.ajwrc.org/modules/tinycontent0/index.php?id=11 11/17(土)杉本貴代栄さん「ホ−ムヘルパ−の抱えるジェンダ−課題」 http://www.ajwrc.org/modules/tinycontent0/index.php?id=8 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。 ご意見・ご感想等ございましたら、下記までお寄せください。 ************************************** 発行:アジア女性資料センター 〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町14-10-211 TEL:03-3780-5245 FAX:03-3463-9752 E-mail:ajwrc@ajwrc.org URL:http://www.ajwrc.org/ ************************************** Copyright (C) 2007 Asia-Japan Women's Resource Center All Rights Reserved. --------------------- Original Message Ends -------------------- |
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ビルマで取材中に、軍事政権によって殺害された長井健司さん。センター運営委員の清末愛砂の追悼文です。
長井さんのこと 10月1日 私が長井さんの死を知ったのは9月28日の朝。その前夜にニュースとして流れていたらしいが、私はインターネット・ニュースもテレビニュースも何も観ていなかった。 28日の朝、毎日新聞の朝刊を読んだ私は凍りついた。長井さんがビルマで撃たれて死亡したことが一面トップに書かれていたからだ。すぐにテレビをつけると、番組は彼の死を報道していた。にわかに信じがたかった。友人の新聞記者Eさんにすがるような思いで電話をする。本当なのかどうか。 留守番電話に残したメッセージを聞いた彼はその後、「動転している声を聞いて、家族や親しい友人たちはこのような思いをしていると思い、はっとした」と教えてくれた。長井さんに何度か会って友だちになったMにそのことを伝えた。彼も動転している。そして「ああ、長井はシャヒードになったんだ。彼はシャヒーだ」と震えるような声で答えた。 長井さんの死はどうやら間違いないらしい。授業中も泣きそうになるけれど、もちろん泣くわけにも、逃げるわけにもいかないので、そのまま「笑顔」で授業をした。 授業だったこともあるけれど、電話をきっておくことにした。私が長井さんと親交があったことを知っているジャーナリストがいる。万が一連絡があっても何も答えたくない、言葉にもできない、そう思った。 予想通り、授業中に東京の某雑誌編集部から連絡があった。知人が私のことを伝えたようだ。 Eさんは、「絶対にインタビューには応じないだろうと思ったし、答える義務もないので、大阪在住の長井さんの知人を探している記者には黙っておいたよ」といってくれた。その思いやりがとてもとてもありがたかった。 一日以上経って、彼のことを話してもいいと思い始めた。その理由は一つ。最近の長井さんの仕事から、パレスチナやイラクを取材していた長井さんというイメージがマスコミの報道で作られ始めていることに、違和感を抱いたから。 パレスチナやイラク取材は間違っていない。関心をもって取材していたし、私も彼の仕事の通訳やコーディネートをしたのもイラク取材だった。 だけど、長井さんのもう一つの側面を知ってほしかった。長井さんは今回初めてビルマ国内に行ったけれども、ビルマの人権侵害に関心を持ち続けており、私との会話の中でも、ビルマの少数民族のことや学生たちの民主化を求める活動のことが話題にのぼることが多かった。私が彼に親近感を持ったのは、パレスチナやイラク報道ではなく、ビルマやタイつながりだった。女性の人身売買についても何度か話をしたことがある。29日の夜に、Eさんに長井さんとの交流について話をし、30日に行われた抗議行動で私は人前でその話を少しだけした。Mも一緒に参加し、ビルマの人権状況、長井さんのこと、ジャーナリスト殺害に対して抗議しようと呼びかけた。 私のパソコンのなかには長井さんといっしょに写っている写真が20枚以上ある。 東京、バンコク、アンマン。なぜかドバイでの写真がなかった。いっしょに小船で運河を渡って遊んだあとに、ペルシャ料理屋で夕食を食べた。写真撮影はしなかったのかしら?二人とも食事をしたあとは、喫茶店のなかでまったりとしながら、水パイプを吸い、お茶を飲んだのを覚えている。その後は空港に戻り、疲れた足にマッサージをしようということで、空港内のマッサージ屋に。???二人ともあまり満足しなかったときに彼が「いやーー。バンコクの足底マッサージの方がいいよね」と笑った。 バンコクで撮った写真は、屋台で夕食を食べているときのもの。この日はバンコクの大学で女性に対する暴力に関するワークショップがあった日。タイ在住のカレンの女性にスピーカーの一人になってもらった。ビルマに関心のある長井さんだったら取材してくれるのではないかと思い、そのときちょうどバンコクに来ていた彼を誘ってみたのだった。ワークショップそのものには間に合わなかったけれど、会場まで来てくれた。その姿を見て、「やはり、長井さんはビルマに関心があるなあ」と思ったのだった。 実家に私が比較的気に入っている写真がある。それは、2002年4月に写したもの。 長井さんを含む何人かの日本人ジャーナリストたちが、日本に帰る私の送別会をしてくれたときのもの。その写真はイギリス在住時に住んでいたアパートの台所の棚の上に飾っておいた。遊びに来た友人の何人かが長井さんを指しながら、「素敵な人ね」と言ったこともあった。長井さんは比較的無口な方だったから、送別会では周りの人の話を聞いていることが多かった。そんななかで印象的な発言は、「日本に帰ったら、ここパレスチナで見た人権侵害を各地で話して伝えるんだよ」ということだった。実際に日本に戻ったあと、彼は一つ講演先を見つけてきた。送別会のこと、講演のこと、お礼を言うのを忘れてしまったよ。ありがとうね。 新聞の取材で「長井さんの死を受けて、今後どうしたいですか」という質問を受けた。うーん。私はジャーナリストではない。自分のフィールドである教育現場で何かするしかない。ビルマの人権侵害を学生たちに伝えること。これが私のできることだ。早速、今週の授業でBBCの記事を使いながらやってみることにする。 長井さん、ラングーンの路上で倒れているあなたの姿を見て、私は泣き叫びたくなったよ。どんなに痛くて、苦しくて、悔しかったことか。私の知っている長井健司が倒れている姿が目の前の映像のなかで流されるとは。私も悔しかった。手と頭を動かしているのは、何とか立ち上がろうとしたのではなかったのか。カメラを離さないあなたの姿を見て、私は「ジャーナリストだなあ」と心から思ったよ。カメラを持っている手と腕は間違いなく、私の知っている長井健司のものだった。 映像を観た後に、私は昔いっしょに行ったラマッラーでの一件を思い出した。 日本人ジャーナリスト3人といっしょにパレスチナ赤新月社の救急車で病院に向かったんだよね。その途中で私たちはイスラエル軍に降りるように命令された。外には何人ものイスラエル兵が鋭い目で銃口を私たちに向けていたね。私は恐ろしくなって、右隣にいたジャーナリストのAさんに「銃口が向いてますよ。まずいです。撃たれてしまうかもしれないですよね。兵士たちに撃たないでって頼んでみましょうか」とあほなことを聞いてしまった。このなかで表面上動揺しているのは私だけだった。本心は分からないけれど、私以外の三人は平然とした(ふりを)していたよ。こんなエピソードを10年後に「笑いながら」話することもできなくなったね。 長井さん、さようなら。さようなら。さようなら。 私は2007年9月27日にジャーナリストとして暗殺されたことを忘れないでいるよ。 |
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