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【『女たちの21世紀』86号掲載 特別インタビュー】

 「安保関連法に反対するママの会(以下、ママの会)」をたった一人で立ち上げた西郷さんは、現在、2、5、8歳の子ども3人を育てている。「だれの子どももころさせない」というスローガンは全国に広がり、いまでは47都道府県でママの会が立ち上がった。大学の性暴力事件をきっかけにフェミニズムを学んだという西郷さんは「戸籍を分けるという離婚を経験して家族のかたちは変化したけれど、私がこの子どもたちのママであることは変わらなかった」と話す。夏の選挙を目前に、仕事と育児をしながら社会活動にもパワフルに挑戦する西郷さんにインタビューをした。

【国内ニュース】西郷南海子さん1
インタビューは京都大学近くのカフェにて

日常の悔しさや、モヤモヤを 込められる言葉としての「ママ」

 2015年7月4日、「ママの会」は、安全保障関連法案がいつ強行採決されるかわからないという緊迫した状況のなかで立ち上げ ました。その日は土曜日で、子どもたちが午後のお昼寝をしていたのを覚えています。
 最初から強行採決されることが決まっているなら「審議」なんて茶番で、私たちがいる意味がないと強く感じていました。そこで、まずは1人でも声を上げれば、他にもこの状況をおかしいと共感してくれる人はいるだろうと信じて会を立ち上げたんです。
 会の名前に「ママ」を入れた理由は2つあります。1つ目は、私にとって「ママ」は一人称だったということ。子どもたちは、私の鼓膜が破れるんじゃないかという大声で、1日に何十回、何百回と「ママ!」「ママ!」「ママ!」と私を呼ぶんです。そして、私も子どもに対して「ママは片づけてと言ったでしょう」というように、自分自身を「ママ」と呼びます。私にとってすごく身近な一人称が 「ママ」なんです。
 もう1つの理由は、「ママ」とは一種の職種だと思っています。賃金は支払われないけれど、ほぼ24 時間、働いているわけです。そんな生活のなかの悔しさやモヤモヤを込められる言葉が「ママ」でした。
 ママの会は「だれの子どももころさせない」という合言葉に共感さえしてもらえたら、自由に名乗っていい、としています。誰かの許可は必要ありません。仕事、子育て、家事があっての活動なので、組織として運営していくのは大変です。これまで自然発生的に増えてきました。私もどこにあるのかすべてを把握していないくらいです。

「だれの子どももころさせない」

 会を立ち上げた直後の2015年7月26日に「渋谷ジャック」という街宣とデモをやりました。私が思い立って、インターネットで呼びかけたら、すぐにたくさんの仲間が集まったのです。準備のためのチャットで、合言葉を決めようという話になりました。いくつか案が出てきましたが、「だれの子どももころさせない」を見たときに「これしかない!」と思ったんです。
 このスローガンは「だれの」という部分が重要だと思っています。 これが入っていないと意味がないのですね。「自分の子どもを守ろう」が「自分の国を守ろう」になり、「じゃあ、核武装だ!」というように、「子ども」だけでは簡単におか しなところに飛んでいってしまうかも知れません。また、「だれの子ども」とは、小さな子どもたちだけを指しているわけではなく、だれかの子どもである大人も含まれます。 戦場に送り出されていく兵士もだ れかの子どもです。そういう意味で「だれの」は欠かせないキーワー ドとなっています。
 
SNSを活用

 ママの会ではSNSが大事な活動ツールとなっています。食事の支度をしながら短くやり取りをしたり、子どもを抱っこしながらニュースをチェックしたり、片手で繋がれることが重要です。よく「授乳中にスマホをやるな」とか「子どもの目を見て授乳しましょう」と言われたりしますが、「おっぱいやっているときぐらい息抜きさせてよ」 「外とも繋がっていたい」と反論し たくなります(笑)。
 活動はあえてSNS以外には広げないようにしています。会報をつくったり、事務所を置くとなったらとても大変です。子どもを育てながらできる範囲で活動していくために、最初からやらないことを決めておくのは大事だと思っています。そのなかで言いたいことはしっかり言うという形で活動していきたいんです。

【国内ニュース】西郷南海子さん2
「渋谷ジャック」のデモで戦争法案の廃案を 訴える西郷さんとママの会メンバー


「男の持ち物」という意識

 インターネットではママの会に対する誹謗中傷があるのは知っていますが、見ないようにしています。私自身、以前にまとめサイトを作られたことがありました。「子連れでデモをやるのは虐待だ」と書かれていて、あまりにもひどいのでサイト運営側に削除を求めたのですが、削除するには私の身分証明書等を送る必要があるとわかりました。この対応にはとても驚きました。書いた人は好き勝手に匿名で書けるのに、書かれた人は削除のために本人であることを証明しなければならないなんて、おかしいと思います。誹謗中傷を書かれた人ではなく、書いている人が顔を 出すべきです。結局、そのまとめサイトは削除されませんでした。
 ママの会へのバッシングは「母親としてどうなんだ」というものが多く、性的な嫌がらせはほとんどありません。それに比べてSEALDsの女性メンバーに対する嫌がらせはひどいですね。彼女たちに対する性的な嫌がらせが、ママの会に来ない理由は、「ママは他の男の持ち物」という意識があるからではないでしょうか。子どものいる女性には「パパ」がいるというイメージですね。「渋谷ジャック」 後に「頭にウジが湧いている」とか 「旦那は何をしているんだ」といった発言をした著名人の方々がいました。ママは性的な存在ではなく、パパが管理する必要があるもの、という意識が見えます。
 ママの会のフェイスブックページには、投稿をすると秒速で攻撃的なコメントを書き込んでくる 「常駐」の人たちがいます。「暇だな」と思うと同時に、そういう人が私のことをどこで見ているかわからないと思うと怖くもなります。匿名で誹謗中傷をまき散らす行為は不公平です。女性たちへのバッシングから、この社会の歪みがよくわかります。

常に監視されるママたち

 いまの日本のママたちは、いろんなところから監視されていると 感じます。たとえば、子どもの虐待防止キャンペーンなどでは「虐待だと思ったらすぐ通報を」といった呼びかけがされるのですが、 私にはあの呼びかけが「子どもを泣かせたら通報するぞ」という母親に対する脅しのように見えてしまうことがあるのです。本当に困っている人を助けようとしている とは感じられません。実際、子どもが泣いていたら、近所の人に児童相談所へ通報されたママ友がいたのです。子どもがたくさんいる人なので、どうしても声が大きくなってしまうということでした。
 「保育園落ちた日本死ね!!!」 ブログが話題になったとき、国会議員へ保育園に関わる政策について署名を提出した女性たちがいました。このことが話題になると、「きれいに化粧をして、高級な抱 っこ紐を使っている母親たちが、 本気で働きたいわけがない」といったバッシングがあったのです。 さらに彼女たちが持っていた赤ちゃん用タオルについて「かわいい 柄のタオルを使っている人は、遊んでいる人。そんな人に子どもを 保育園に入れる資格はない」とまで書かれていました。もし彼女たちが化粧をせずに地味な装いで行ったとすれば、今度は「こいつら 女を捨てている」と書かれるだろうと思います。
 すべてを見られ、ジャッジされるんです。人を叩きたくて仕方がない人たちがたくさんいるという ことだと思います。

世の中を変える力があると 伝えること

 私はいま、低投票率をどうにか したいと思っています。
 先日、京都3区の衆議院補欠選 挙が行われましたが、投票率は3 割でした。有権者の3割とは人口の3割ではありません。投票権のない人はたくさんいます。人口からみると、投票に行く人は圧倒的なマイノリティになっているわけです。ここまで投票率が低くなってしまうと「選挙に行こう」という呼びかけは何も意味していないのではないかという気がしてきます。
 政治がワイドショーでしかなくなっている現在、選挙に労力を割くのは馬鹿げていると思っている人は多くいます。投票が締め切られた瞬間に当選確実を伝えるニュース速報が出ますが、私の一票はまだカウントされていないのに「確実」と出てしまう。これでは、行っても行かなくても同じだって感じてしまいますよね。一票なんて軽いんだといわれているようです。
 以前、ハタチになって選挙権を渡されてもどうしていいのかわか らないと話してくれた友人がいました。彼が、子どもの頃から「君たちには世の中を変える力がある」 と言われ続けていれば選挙に行こうと思うかも知れないけれど、そういうことはなかったとも言ったことがとても印象に残っています。 「あなたは変えられる」「あなたには力がある」ということを伝えずに、「選挙に行きましょう」と呼びかけられても行くわけがないですよね。
 いま、アメリカ大統領選挙の予備選挙に出ているバーニー・サンダースさんが有権者に「あなたが今、ここにいることに価値があるんだ」とスピーチしていました。 とても素晴らしいと思ったんです。自分が存在することの価値を 認める発言ができる政治家は日本にどれほどいるでしょうか。
 子連れでデモに行くと「子どもを洗脳している」などと言われることがあります。でも、「世の中がこんな状況になっていて、ママはこれだけは嫌だと思うから声を上げに行くんだよ」という姿を見せることは、子どもの成長にとってプラスの面があると思います。 人が悩みながらも行動する姿を見ていなければ、突然、選挙権を手に入れても、どうしたらいいのかわからなくなってしまいますから。
 私にとって、子どもを通してつながったママたちとの関係は、とても楽しいものです。このつなが りを大事にしながら、これからも活動していきたいと思っています。
 
(まとめ:濱田すみれ/アジア女性資料センター)

●西郷南海子さんのインタビュー記事掲載「女たちの21世紀」は下記からご注文いただけます。
「女たちの21世紀」No.86【特集】フェミニスト視点で見る選挙の争点

 2016年6月6日、「『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』にだまされたくない人のためのおしゃべりカフェ」を開催しました。(イベントの詳細はこちら

 改憲派が女性を対象にした勉強会で使用しているブックレット『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』(明成社)について、この本の内容と出版された意図や背景に詳しい山口智美さん(モンタナ州立大学)、能川元一さん(大学非常勤講師)、打越さく良さん(弁護士、夫婦別姓訴訟弁護団事務局長)に、ジェンダー平等の視点から、とくに「家族」にかかわる憲法24条を中心にお話しいただきました。当日の様子をご報告します。

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 冒頭では、DVD「世界は変わった 日本の憲法は?~憲法改正の国民的議論を~」(監修:櫻井よしこ、百地章、ナレーション:津川雅彦、制作総指揮:百田尚樹)の一部を上映しました。これは日本会議系団体である「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(共同代表:櫻井よしこ、田久保忠衛、三好達)が制作したDVDです。「上映協力金」を支払えば、憲法改正について語り合うために各地で上映をして良いということだったので、この日は「ぜひ上映に協力して語り合いたい」と、山口さんからご紹介いただきました。

 「今、日本は戦後70年、最大の危機を迎えています」とはじまるこのDVDですが、「日米安保条約の下のみせかけだけの平和の夢」「中国は覇権主義をむき出しにしている」「北朝鮮は日本をいつでも攻撃できるミサイル基地を国内のいたるところにつくっている」「戦後最大の危機に日本国憲法は日本を守るどころか、逆に日本を滅ぼしかねない危険までもっている」「日本を狙う国にとって都合のいい憲法」というように、日本の「危機」を強調し、改憲が必要だと訴える内容です。

 DVDの「家族」の章では、百地章さんが登場し、アニメ「サザエさん」について、「サザエさん一家の3世代7人の大家族が昔の日本ではどこでも見られた風景で、サザエさん一家の日常生活を見ると誰もがほっとするのが人気の理由だ」と話していました。「人間は一人では生きていない」「災害では心細い思いをする」というナレーションのあとに「家族の絆が大事」と続きます。

 全体としては、GHQに日本国憲法を押し付けられたから、日本国民独自の憲法が必要と訴える内容。最後は着物姿の櫻井よしこさんが登場して、日本国憲法を「借り物の衣装」と呼び、「みなさんと一緒に本当の日本の姿を取り戻したい」と呼びかけていました。

 以下、お話のまとめです。

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山口智美さん

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 このDVDと『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』はかなり共通する内容。違いはDVDでは、はじめに憲法9条、そのあと緊急事態条項について解説しているところ。10分のダイジェスト版では「家族」について取り上げていないが、『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』では、最初に緊急事態条項、その次に「家族」(24条)が出てきて、最後に9条となる。DVDのほうは支持者向けに作られているという印象を持った。

 『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』の背景と、実際にどのようにこの本が運動に使われているか簡単に解説したい。

 この本を出しているのは日本会議に関する書籍を多く出している出版社。この本の監修を務めたのは百地章さんだが、書いたのは「編集協力」として掲載されている女性団体の女性たちだそうだ。
 
 『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』本の出版社の社員でイラストも担当した諌山仁美さんは「ごく普通の一般人とりわけ女性にはまだまだ憲法を改正する意味が伝わっていないのが現状です」と言い、だからこの本をつくったと話している。一人で数十冊、団体で数千冊を購入しているケースもあるそうで、配布したり、勉強会で使用しているようだ。
 
 なぜ女性をターゲットにしているのか。改憲には女性票が必要なことは明らか。しかし、憲法は女性たちには難しいというイメージがある。だから女性に「わかりやすく」教えようと考えているから。この本は、このカフェに来れば男性のマスターがわかりやすく憲法について教えてくれるという、女性を馬鹿にした設定。日本会議や、日本女性の会は女性を対象に憲法に関する学習会を全国各地で開いている。「日本女性の会」は日本会議の女性部で、男女共同参画へのバックラッシュ最盛期の2001年につくられた団体。
 
 こうした団体が『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』 を、憲法勉強会のテキストとして使っている。熊本大学の高原朗子さん(教育心理学)という教授がいるが、この女性が全国各地を回って100回以上の改憲についての講演をしている。先日、和歌山で行った集会のタイトルは「憲法ってなに? 平和について考えよう」という、憲法改悪に反対する人たちがつけてもおかしくないようなタイトル。日本会議の支持者ではない層の女性たちを呼び込もうとしていることがわかる。日本会議の機関紙にも「憲法おしゃべりカフェ」に関するコーナーが設けられるなど、女性をターゲットにした運動を積極的に展開している。
 
 改憲派にとっての家族というものは「縦の関係」に力を入れているということが特徴だと思う。自民党改憲草案にも反映されている。草案24条の3項には、縦の関係を想起させる言葉がたくさん入っている。

能川元一さん

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 憲法24条関連を見てみたい。先ほどのDVDでも「家族保護条項」について扱っていた。国連の人権規約や他国の憲法を引き合いに出して、日本の憲法24条には「家族の保護をうたった条項はない」として問題にしている。

 「家族の保護」と聞くと悪いことではないような気がするが、具体的に「家族保護条項」を盛り込んだ場合に国は何をするのかを考える必要がある。「家族の保護を義務付ける」という条項が入れば、国家が家族を保護する義務を負うことになる。例えば、老老介護で共倒れになろうとしている家庭や、障害をもった子どもを育てながら年老いてきて自分の死後のことを心配している親、またはシングルマザーの家庭などのために何かしてくれるだろうと考えるだろう。しかし、この本をつくった人たちには、そのような家族のために何かしようとする視点はない。なぜそういえるのか。この本についていた「特別マンガ付録」では、他国の家族保護条項を紹介した後、おじいさんが孫を抱きあげて「国が家族を保護する姿勢を打ち出してくれれば安心」と言う場面がある。しかし、その2つ後のコマでおじいさんは「いくら世の中が豊かで便利になろうと、やはり最後に頼れるのは『家族の絆』じゃ!」と言う。国が家族を保護してくれれば安心といいながら、頼れるのは「家族の絆」というのはシナリオとして成立していない。 どのようなカラクリなのか。

 日本会議系のイデオローグの一人である高橋史朗さんの著作で「家族保護条項」に関連する記述を紹介したい。家族社会学の研究者である加藤彰彦さん(明治大学)は、政府が進める「一億総活躍」政策に関する意見聴取会などに参加して、少子化克服のために三世帯住宅を推進することを提言している研究者だが、彼は憲法24条の改憲試案として「家族は次世代育成のための自律的な基礎単位として、社会的、法的及び経済的保護を受ける権利を有する」と提言している。高橋史郎さんはこの「自律的」という部分について「『自律』という『自助』」という驚くべき解釈を提示している。しかし、そもそも「自律」としての「自助」というのは意味が通らないもの。つまり、彼はautonomyとしての「自律」をindependenceという意味の「自立」とすり替えているのではないか。そのように読むと意味が通る。しかし、音が同じだからといって意味をすり替えてしまうのは大変な問題だ。しかし、「自立」なくして「自律」なしのような発想は日本の保守派のなかでは特異なものではないと思う。

 具体例として、兵庫県小野市では生活保護受給者がパチンコをやっているところを見つけたら市民に通報する義務を課す条例ができたことがある。大分県の別府市と中津市では、生活保護受給者がパチンコをしていたら保護を減額するという行政処分を行っていた。大阪市では生活保護の一部をプリペイドカードで支給するというモデル事業が行なわれた。これらは、自分の稼ぎで暮らしていない者は金の使い方に口を出されても文句を言えないという発想だ。つまり、「自立」はないから「自律」は認めないという発想。

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 このブックレットの13条では、かつて子ども権利条約に関して国連でスピーチを行った高校生が、国連の委員にたしなめられたというエピソードを紹介している。これは1998年に確認されているデマだ。しかしこの本では女性たちが「自分で稼いで食べているわけでもない子どもに下手に権利なんて覚えさせてはだめよ」と言う。つまり自分で稼いでいない「自立」ないものには「自律」を認めないという発想だ。本来概念として「自立」と「自律」は全く異なるものなのに、あたかも「自立」が「自律」の前提であるかのような発想は相当広くこの社会で共有されているのではないか。「自律」という聞こえの良い言葉を使って憲法24条が変えられてしまった場合、懸念するべきなのは社会保障の支出を減らしたいという政府の意向と結果的に合致するということ。根底にあるイデオロギーは違っていても結果としては一緒になってしまう。

 憲法24条が変われば、家庭でシャドーワークを担っている女性たちにとっては負担が更に増えるということになる。また、24条だけではなく25条の生存権までも影響をしてくる可能性がある。

 他にも、このブックレットでは「今の日本はシングルマザーなど片親世帯への支援が家族をもっている人たちへの支援に比べて多いですよね」と出てくる。事実ではないし、シングルマザーの世帯は「家族をもっている人」には入っていない。差別的な表現もかなり出てくる。


打越さく良さん

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 2015年12月、最高裁大法廷では夫婦別姓訴訟について驚きの判決が出た。それでも15人中5人の裁判官(うち女性裁判官3人全員)が夫婦同姓しか認めないという民法750条は憲法24条に違反すると判断した。これまで一部の研究者しか憲法24条について注目してこなかった。護憲運動でも、9条や緊急事態条項に関心が集まっているのではないか。改憲側がかなり熱意を持って変えようとしている24条について、関心が薄いというのは悲しい。

 夫婦別姓訴訟では24条について裁判の規範性があり、立法裁量を画するものであるということが認められた。これからもっと研究者のみなさんに議論を深めてもらいたい。

 24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」となっているが、自民党草案では、2項に下がった上、「両性の合意のみ」の「のみ」という部分が消えている。当事者の合意だけでは婚姻できず、なにか別の制限が追加されるということだろうか。この1項があることで、婚姻の自由や「家制度」の廃止を導くことができる。2項は国家に対する立法義務や立法原則として個人の尊厳と両性の本質的平等に基づいて婚姻槍婚その他家族に関する法律が制定されることを定めている。

 個人の尊重については13条、法の下の平等については14条がすでにあるが、24条は外部から見えにくい家族内での個人の尊厳と両性の本質的平等を掲げたという大きな意味がある。14条は公的領域における性差別を禁止することだが、24条は外部から見えない私的領域における平等を掲げた。これにより、家族の構成員、とくに女性に対して抑圧的な装置であった「家」を廃止できた。

 自民党草案を支持する改憲派は、「家族の絆が薄くなっている」というが、虐待や暴力のケースを扱っている弁護士としては、むしろ家族内における平等が実現されておらず個人が尊重されていないことが原因となっていると思う。

 家族で助け合うことが国民の義務とされてしまった場合、支配や暴力、不平等は解消されることなく、反対にそれらを維持する方向に進むことになるという危機感がある。すでに民法752条で規定されている扶養義務を憲法に盛り込むとしたら、社会保障を後退させることになる。「自己責任」という言葉が安易に使われるような社会では、こうした問題だけが助長されていくだろう。「輝く女性」などという政策を推進しているが、こうなってくると「ますます輝けない」と思わざるを得ない。

 このブックレットには婚外子に対する露骨な差別がある。婚外子への相続に関する法律については「本妻の子」「愛人の子」などと時代錯誤の言葉を使って批判する。「不倫」相手の子どもが財産を要求してきたら「そもそも結婚している意味がなくなっちゃうじゃないの」という台詞があるが、よく意味がわからない。なぜ登場人物すべてが婚姻関係にある側に同一化しているのかも疑問。多様な家族を認めるのではなく「こういう家族でなければ差別してやれ!」という意欲があるように受け取れてしまう内容だ。

 また、この本ではスウェーデンのことを非常に強く批判していることも気になった。スウェーデン大使館にこれでいいのか聞きたいほど。「老人ホームの職員が老人に暴行したりする国」と書いてあるのが、日本でも似たような事件があったのではなかったか。「スウェーデンだけが自由に選択できる夫婦別姓を世界で唯一採用している国」とも書いてあるが、むしろ、法律で夫婦同姓しか認めない国は唯一日本だけであることを政府も認めている。疑問に思う点が多すぎる。

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 後半は会場との意見交換でした。「常識的に考えれば間違っているとわかることも、情報に混線があれば、そうなのかも!と納得してしまう人がいることが不安」「介護の社会化のためにできた介護保険だが、いまではすでに地域のボランティア的なつながりを頼りにしていたりする。24条が変わっていなくてもすでに家族や地域に投げ返す動きはあると思う」「女性たちが主体となっているように見えるが本当に女性の手によるものなのか疑問がある」といった発言を会場からいただきました。

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 また、日本の右派の世界観は「GHQによる戦後改革が諸悪の根源」という発想で全てつながっているという解説の際に、最近の右派論壇がしきりに言っている「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(英語:War Guilt Information Program、略称:WGIP)」についても話題になりました。戦後、日本人に罪責感を植えつけるためのGHQによる洗脳プログラムと右派が呼ぶこのWGIPですが、参加者のなかにもとても詳しい人がいて、私たちの想像を遥かに超える内容に衝撃を受けたのでした。

ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!

 2016年4月22日、渋谷区女性センター・アイリスで、連続セミナー「イスラーム世界で生きる女性たちと問われる私たちの意識」の第1回を開催しました。(詳細はこちら

 第1回の講師は、国際看護師の国井真波さんでした。

 国井さんは大学を卒業してから看護専門学校で看護師免許を取得。その後、大学院修士課程で助産学も学びました。

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(国井真波さん)

 シリアの内戦が悪化してきた2012年、JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)から要請を受け、妊産婦支援のためイラク行きを決意します。2013年にヨルダンのアンマンとイラクのアルビルで都市難民となっている妊産婦への支援を開始。家庭訪問をしながら体調確認とニーズの把握を主に行いました。2014年、アルビル郊外にできたダクシャクラン難民キャンプでシリア難民の妊産婦支援を開始します。今回のセミナーでは、シリア難民キャンプでの妊産婦支援の経験についてお話を聞きました。

(※以下、国井さんのお話のまとめです。)

*****

 2013年、都市難民となった妊産婦への聞き取りの結果、オムツやミルクの不足、そしてシリアにいた頃は受けられていた妊婦検診が受けられないという大きな問題があることがわかった。妊婦検診は胎児の状況や自分自身の体調管理をするためにとても大切。しかし、難民となってしまいお金がないため行けないという状況だった。検診自体は無料だが、検診を受けに行くための移動費がない。また女性は一人で車に乗って出かけることが難しいので夫と一緒に行くことになるが、夫は長時間働きに出ていて検診に連れて行ける時間がないという問題もあった。その頃、JIM-NETでは車代を出す支援や検診に同行する支援もしていた。

 2014年からはじまったダクシャクラン難民キャンプでは、主に2つの情報提供の支援に携わった。まず、アラビア語で『妊娠中の過ごし方』という妊婦向け冊子の作成をした。現地に派遣されている日本のプロジェクトマネージャーとイラク人スタッフと共に作成した。キャンプでは妊婦検診を受けられないため早産や流産が結構あった。また出産と同時に母親が死んでしまうケースも。母子共に健康な出産をしてもらうための冊子にした。1000部作って無料で配布している。

 もう一つの支援は避妊セミナーの開催。キャンプの看護師から「難民キャンプ内で避妊がされていないため、家族計画のセミナーをして欲しい」という要請を受けたことがきっかけだった。キャンプ内のクリニックで手に入る避妊具・避妊薬を調べたところ、男性用と女性用のコンドームやピル、IUDなど無料で手に入るものが十分にあった。モノはあるのに避妊ができないのは、そこにあるという情報がいきわたっていないことや、もらいに行き難い雰囲気、そして使用方法がわからないことが原因だと考えて、セミナーを開催した。どこまで性教育をやっていいのかわからなかったため、現地の看護師や通訳のイラク人女性に相談しながらセミナーの内容を決めた。50人くらい来てもらえればいいと思っていたが、100人以上となった。


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 セミナーを開催するにあたって理解してもらえたか確認するためにアンケートをとった。アンケートでは、ピルについては知っているが、コンドームの使い方を知らない人が多くいた。また、無料の避妊具を使っていない理由として、無料で手に入るものがあると知らなかったからという人が多く、情報を必要としているがなかなかアクセスできないということを感じた。

 セミナー後には個別の質問が多くあった。個別の質問に対しては大きなセミナーでは対応できないと考え、小さいグループでのセミナーや家庭訪問を増やすことにした。2014年6月からは、10代のグループ、妊産婦グループ、未婚女性グループなどに分けて、10人前後の小さなセミナーを開催した。これも避妊に関する情報共有が重要な目的だったが、避妊をテーマとしたセミナーだと女性たちが参加しにくいので、「自分のからだを知ろう」というタイトルにした。また参加者にはちょっとしたプレゼントも用意。鉄分の多い野菜やキャンプではなかなか手に入らない果物、赤ちゃんのいる女性にはオムツなどをお土産にした。1時間程度のセミナーを1日2~3回繰り返し、毎回盛況。センシティブな話題なので、完全に女性だけの空間でセミナーをしている。

 毎回のセミナーで私が必ず伝えたいと思っていたのは「女性はいつ、何人子どもを産むかを自分たちで決める権利がある」ということ。キャンプには望まない妊娠をしている女性もいる。個別訪問では、これ以上育てられないが夫が避妊に協力してくれないという話を聞いた。避妊は膣外射精でいいと思っている女性たちが多かったことに驚いた。その後のセミナーでは、避妊とはなにかとか、科学的に私たちはどういう過程で妊娠するのかというところから話をするようにした。身体を大事にするために基礎体温をつける習慣をつけようという話もしようとしたけれど、それはなかなか難しいと現地のスタッフに言われたので、かなり原始的な方法だけれど基礎体温がわかる方法もあるので、それをお伝えした。

 PMSについては多くの女性たちが悩んでいた。生理の前に頭が痛くなるなど、さまざまな症状があった。ほとんどの女性たちはPMSのときにはハーブティーを飲むと話していた。シリアにいたときからそうしているという。

 活動に継続的に関わっていると女性たちの抱えている問題が変わってくることを感じる。最近、避妊セミナーの最後に「子どもをつくりたいがどうしたらいいか」という質問が出てくるようになった。シリアにいたときは不妊治療をしていたが、イラクに難民として来てから治療が中断してしまったとか、生理が月に2度以上きたり、半年こなかったりという月経不順についても質問がされるようになっている。習慣性流産の女性も何人かいる。なかには既に3回流産をしていて、次にまた流産したら離婚をされてしまうと泣く女性もいた。子どもが産めないために離婚される女性は多くいる。それまでは避妊に焦点をあててセミナーを開催していたが、家庭訪問を通して、子どもを産みたいけど産めない女性もたくさんいることがわかった。そして、ISに捕らえられて、性器に拷問を受けたという女性もいた。彼女から「私は妊娠できるでしょうか」と聞かれたが、何と答えていいかわからなかった。「大丈夫だよ」と励ますことしかできなかった。彼女はよく相談をしてくれたと思う。なかなか表には出てこないが、他にも同様の被害を受けている女性はたくさんいるのではないか。

 生まれた子どもの育て方に悩んでいる女性たちもいた。先天性疾患を持って生まれてくる子どもたちもいるし、体重が増えない子どももいた。家庭訪問で会った女性は子どもの体重が増えないことで悩んでいた。彼女にとって初めての子どもだったが、親しい友達や家族はみんなシリアにいて、子どもをどう育てるのか、だれにも相談することができなった。チームで離乳食に関するアドバイスをしていたら、ようやく体重が増え始めた。お金がないため子どもたちにクッキーやケーキばかり食べさせている女性もいた。また、粉ミルクの缶にはミルクの作り方がアラビア語で書いてあるが、文字を読めなかったり、書いてあることが理解できない女性もいる。ミルクの作り方のセミナーをしたこともあった。


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 キャンプができた2013年、難民としてキャンプにいる7000~8000人のうち妊婦さんは250人程度いた。キャンプ内にはクリニックもあるが、正確な統計をとることが難しい。いま、妊婦さんは約500人いるといわれているが、医療従事者が足りない。

 難民キャンプで私の支援は避妊セミナーから始まったが、さまざまな他の課題も見えてきている。2013年からシリア難民の支援に関わって、お金や食べ物はもちろん必要なのだが、情報も必要としていることがわかった。情報にアクセスできない、情報にどうアクセスしたらいいかわからない女性たちがいる。どうしたらいいかわからないため、結局シリアに戻ってしまう女性たちもいた。モノの支援も大事だが、適切な情報提供の支援も重要。私は看護師として情報発信の部分で今後も女性や赤ちゃんたちに関わっていきたいと思っている。

*****

 連続セミナー「イスラーム世界で生きる女性たちと問われる私たちの意識」の第2回は、講師に清末愛砂さん(室蘭工業大学大学院准教授)を迎えて2016年6月17日(金)に開催します。詳細は詳細はこちらをご覧ください。第2回もたくさんのご参加をお待ちしています。

 ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました!


『女たちの21世紀』のリレーエッセイ「被災地で生きる女たち」は、被災地で暮らす女性や、原発事故で生活に大きな変更を余儀なくされた方の思いを届けるため、2013年9月からはじまりました。震災から5年の今年、執筆者の承諾を得てブログに掲載します。(2016年3月 『女たちの21世紀』編集部)

――――――――――――――――

 『女たちの21世紀』77号、2014年3月掲載

リレーエッセイ 被災地で生きる女たち 3

草野祐子(みやぎジョネット・仙台市青葉区)


 ひととして生きる醍醐味は、自分の人生をデザインできることにある。「311」の揺れはしかし、瞬時に2つの彼方へひとを二分し
ワープさせた。亡くなりかたは惨すぎ、生き残った者には容赦なく枷が掛けられた。
 あの夜、もう2度と明るい朝はこないと思われたが、闇は静かに白みゆき、家の様子を見に入った石巻で、涙も、声もわすれ、ただ共に生きたい想いだけが溢れて、わたしは団体設立を決意した。
 一人ひとりのしっかりした立ち上がりを願い、女が積極的に関与する復興図を思い描き、県内各地さまざまに活動するなかで、女たちの様子に強く地域性を感じるようになった。向かう頻度は徐々に県北にシフトした。
 あの頃欲しくて欲しくてたまらなかったのが、トレーラーとトイレだった。ある日町長のトレーラーがやって来てジョネットハウ
ス(jh)になった。その後jh を訪れた町長のウインクでトイレ3基が運ばれ、国連ウィメン日本協会のご寄付で電気が灯り、事務機
器や電話がついた。あぁ! 女の復興の種が蒔ける、安心して居れる、と思えた感動の契機だった。
 ひとりになれる時間が欲しくてjh で本を読みふけっていたひと、jh の壁やら床やら、来るたびに拭き掃除をするひと、震災後の鬱
やトラウマからそっと帰るひと、昼間来たと思ったら夕方またやって来るひと、いろんなひとがいた。
深い傷を負い『生きる屍』状態の女たちが、ジョネットに寄さってきた。jh まで来ることさえままならなかったひとが、自分を受け
入れてくれる場所があること、さらに求めてもらえる幸せに気づくようになった。
 被災してひとが生きるために、あるいは被災地にひとが生きるには女たちがいなければならないと証したのが、東日本大震災だ。ネットワークを複層化させた女たちに女たちは支えられ、歩をつないで来ることができた。
 ジョネットは、毎日催すサロンを窓口にして女性たちのエンパワメントを重視してきた。全国からの支援物資をニーズにあわせ確実
に届けながら、消え入りそうな声を拾い寄り添ってきた。編み物等の技術をいかした製品化、津波被害を受けた海産物販売の再開、起業支援、資格取得を目指す講座の実施等、被災地の女性の自立・復興を総合的に支援する活動。加えて被災地の現状を発信、行政等への提言にも取り組んできた。
 被災後4年目を迎え、認知症、不登校、いじめ、自殺などの問題が進行している。あと数か月で公営住宅1号が入居可能というが、「あっちへいく人こっちにいく人」(住む先のあるなし)の構図が、大きなひずみを生んでいる。回復には時間がかかるが、枷を緩められるよう女たちが寄り添い続けている意義は極めて大きい。初心のまま、わたしは、ジョネットの黒子を続けると決めている。

被災地77号
2014 年2月、ジョネットの支援で起業した村松まつ子さん(70 歳)は、地域コミュニティ維持のため、店舗販売兼コミュニティカフェ運営のほかに移動販売を行っている。




『女たちの21世紀』のリレーエッセイ「被災地で生きる女たち」は、被災地で暮らす女性や、原発事故で生活に大きな変更を余儀なくされた方の思いを届けるため、2013年9月からはじまりました。震災から5年の今年、執筆者の承諾を得てブログに掲載します。(2016年3月 『女たちの21世紀』編集部)

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 『女たちの21世紀』81号、2015年3月掲載

リレーエッセイ 被災地で生きる女たち 7

古川好子(福島県会津若松市)


被ばく者として生きる

 私は福島第一原子力発電所の事故によって警戒区域となった地域の住民です。
 その私が「私は被ばく者です」と言うと、聞く方は困惑するようです。卒直に驚く方もいますが、「何を大げさな」と思われる方も多いのかもしれません。
 そんなふうに周囲を驚かせて被ばく者を名乗る私ですが、実は事故直後から被ばく者と自覚していたわけではありません。震災翌日には福島県外にいて、1週間足らずで北陸地方まで避難していましたから、放射線をまったく浴びていないということはなくても、一生心配するほどの被ばくからは逃げきったと思っていたのです。
 でも、それは大きな勘違いでした。時間が経つほどに知らされる事故後の放射線量とそれが降り注いだ状況は、私は被ばく者だと自覚させるのに十分でした。そして、被ばくして傷ついた私の遺伝子はそう簡単に回復しないだろうし、ましてやもとにもどることはないだろうと思えました。
 そこからは「悲観」ではなく「自覚」して生活しています。家族の事情もあり四月中旬からは福島県内(会津若松市)に戻りましたから、外部被ばくを避けるために夏でも肌の露出を極力避けました。内部被ばくを避けるためにマスクをし、食品にも気を使っています。産地が北海道もしくは北陸以西の物とをと思っていますし、水道水も口にはしません。四年目になって外部被ばくへの警戒はずいぶんとゆるみましたが、内部被ばくは今も心配です。
 献血をやめました。臓器提供の意思表示の署名をやめました。被ばく者の私の血や臓器でもとおっしゃるほど切迫しているなら、それをも拒むものではありませんが、「被ばく者の」ということを知らされることなく、けがや病気で弱っている方に私の血や臓器が提供されることを許してはいけないと思っています。
 こんなふうに放射線被ばくを恐れる私が、なぜ今も福島県に居を置くのかと不思議に思う方もいます。当然私も県外への移住を考えないわけではありません。けれど、県外に出た途端、福島第一原子力発電所に関する報道が激減し、私でさえあの事故は過去のことですでに終わったことなのかと錯覚してしまうほどの状況です。原発事故は決して終わってはいません。高濃度の汚染水は今も増え続け、海洋排出されようとしています。中間と言われる貯蔵施設は具体的な貯蔵方法さえ決まりません。経験のない廃炉作業に伴う危険は今後何十年と続きます。これらの危険から目をそらし、ないものとしては暮らせません。会津若松市は福島第一原子力発電所からおよそ100kmで、同心円内には隣県が含まれます。私が線量計でみる数値も関東とほぼ変わりません。ならばこの危機感を持ち続けるために、福島県にいようと思っています。きちんと見届けようと思っています。そしてできることなら多くの方にそんな私たちを見届けてほしいとも思っています。それは、事故直後には被ばく者だと自覚できなかったことも含めて、「日本の原子力発電所事故による被ばく」の私たちこそが前例だからです。

【連載】被災地に生きる女たち
(撮影:牧田奈津美)
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